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戦国大名録

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大内家 本国:周防
本城:山口
政弘━━義興━━義隆……義長
 西国最大の守護大名であり、政弘は応仁の乱に際して山名方として上洛し、乱後は足利義稙を援けて六角氏を討った。その子・義興は細川政元により追放された足利義稙を庇護し、永正5(1508)年には将軍職への復帰を遂げさせた。義興は7ヵ国もの守護を兼任した。
 義隆は北九州に進出し、天文5(1536)年少弐資元と肥前多久で戦って討ち、中国方面では安芸の諸豪族を取り込んで出雲の尼子家と戦った。しかし、天文12(1543)年の月山富田城攻めで敗れた後衰退し、天文20(1551)年の陶隆房の謀反で自刃した。隆房は大友宗麟の弟を大内家の当主・義長としたが、間もなく毛利元就によって滅ぼされた。

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